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御本尊不動明王

御本尊不動明王は
弘法大師が一刀三礼
敬虔な祈りを込めて
敬刻開眼された御尊像
と伝承されています。

御本尊不動明王は
弘法大師が一刀三礼
敬虔な祈りを込めて
敬刻開眼された御尊像
と伝承されています。

御本尊不動明王

大本山成田山新勝寺の御本尊不動明王は、平安の昔、瑳峨天皇の勅願により、弘法大師が一刀三礼(一刀彫るごとに三度礼をする如く)敬虔な祈りを込めて敬刻開眼された御尊像と伝承されています。開山以来1070年の間、護摩供の香煙は一日たりとも絶えることなく、その輝かしい法灯を護持継承し、わが国不動尊信仰の随一祈願道場として、数多の信仰をあつめています。その霊験利益は数限りなく、今日では年間1000万余の全国信徒の参詣をお迎えしています。
 そしてこの歴史ある有り難い不動明王の御分霊を頂きお祀りしているのが播州成田山法輪寺です。播州成田山ご本尊不動明王は、大本山成田山の平和の大塔建立の際、現在の大仏師、松久宗琳氏が大塔ご本尊不動明王(高さ6メートル・木彫)の原型として制作された不動明王像で、大本山成田山と播州成田山にしか存在しない非常に貴重な御尊像であります。そしてこのご本尊不動明王は、大本山成田山の大本堂に於いて、第十八世松田照應貫首猊下によって直々に入魂開眼を賜り、東海道を何処にもよらずにその日のうちに西脇市までお迎えしたもので、県内外にも例がない大本山成田山直々の御分霊であります。

《大仏師 松久宗琳佛所HP お納めの歴史》
https://www.matsuhisasohrinbussho.jp/history/

全国でも有名
「身代わりお守り」

江戸時代の文政12年(1829年)に竣工された大本山成田山新勝寺仁王門の上棟式当日のこと、大工の辰五郎は誤って足場から転落してしまいましたが、職人に渡されていた成田山の焼き印を押した手形が真っ二つに割れ、本人は不動明王のご加護により怪我一つ負うことなく助かりました。以来この焼き印を押した手形札が「成田山の身代わりお守」として今日に語り継がれ多くの信徒様に親しまれております。この有り難い「身代わりお守」は、近隣では大本山成田山直末である播州成田山でしか授かることはできません。